ちいかわ映画ラスト考察|セイレーンはヒトハとフタバを追っていた?

※『映画ちいかわ人魚の島のひみつ』本編のネタバレを含みます。

映画のラストで、ヒトハとフタバが新しい場所で暮らそうとする場面のあとに、セイレーンたちが海を進む姿が映ります。

この場面を見て、「セイレーンは2人を追っていたのでは」と感じたものの、ただ海を泳いでいただけにも見えて、どちらの受け取り方が自然なのか気になった人も多いのではないでしょうか。

映画だけを見ると、その後にセイレーンが2人のいる島へ到着したところまでは描かれていないため、先の出来事まで確定しているわけではありません。

ただ、ヒトハとフタバの新しい居場所を見せた直後にセイレーンを映す構成からは、2人のあとを追っていることをほのめかした可能性が高いと考えられます。

さらに、原作8巻特装版の描き下ろしまで合わせると、映画の最後に残された不穏な余韻が、より意味のあるものとして見えてきます。

この記事でわかること

  • 映画ラストでセイレーンが向かっていた先の有力な見方
  • ヒトハとフタバの新しい居場所とラスト映像のつながり
  • 原作8巻特装版の描き下ろしから読み取れる2人の先行き
  • 映画だけではまだ明確にされていない部分
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映画ラストまでに何が起きていたのか

ラストの意味を読み取るには、ヒトハとフタバがどんな立場に置かれ、セイレーンが何を追っていたのかを整理しておくことが大切です。

終盤だけを見ると、セイレーンが海を泳いでいるだけにも見えますが、そこへ至るまでの出来事をつなげると、別の意味が浮かび上がってきます。

特に、ヒトハとフタバが島を離れたことと、セイレーンが探していた相手に気づいた流れは、最後の映像を考えるうえで外せません。

ヒトハとフタバはなぜ島を離れることになったのか

ヒトハとフタバは、島で起きていた人魚をめぐる出来事と深く関わっており、物語の終盤では、そのまま島に残り続けるのが難しい立場になります。

2人は元の島を離れ、別の場所で暮らそうとしている様子が描かれるため、少なくとも映画の時点では、以前の生活から離れて新しい場所へ移ったことが確認できます。

この移動は単なる引っ越しとして描かれているわけではなく、セイレーンに見つからない場所へ離れたかった可能性を感じさせる流れになっています。

ただし、映画の中で2人自身がその目的を明確に説明しているわけではないため、「追われることだけが理由だった」とまでは言い切れません。

セイレーンが探していた相手は誰だったのか

セイレーンは、島で起きた人魚に関する出来事の原因となった相手を探しており、物語が進むにつれて、その手がかりがヒトハとフタバへ近づいていきます。

終盤では、セイレーンが無関係な島の住人を手当たり次第に追い続ける状況から、本当に探していた相手へ意識を向けたと受け取れる展開へ変わっています。

そのため、その後にヒトハとフタバの新しい居場所が映り、さらにセイレーンの姿が続く構成には、偶然以上の意味を感じやすくなります。

もっとも、セイレーンがどの時点で2人の居場所まで把握したのか、映画内で細かな経緯までは示されていません。

エンドロール後に描かれた場面を整理

エンドロール後には、元の島を離れたヒトハとフタバが、別の島で新しい生活を始めようとしている様子が描かれます。

その流れのあとに、海を進むセイレーンと人魚たちが映り、2人のいる場所へ近づいているように見える形で物語が締めくくられます。

重要なのは、2人の新しい居場所を見せた直後にセイレーン側の動きを重ねていることで、この並び方が「あとを追っているのでは」と感じさせる大きな理由です。

一方で、映画ではセイレーンが島へ到着する場面も、ヒトハとフタバと再び向き合う場面も描かれていません。

つまり、映画だけで確認できるのは「セイレーンたちが海を進んでいるところ」までであり、その先については映像のつながりから読み取る余地が残されています。

セイレーンはヒトハとフタバを追っていたと考えられる理由

ラストの映像だけを切り取ると、セイレーンが単に海を進んでいるようにも見えます。

ただ、直前までの流れと映像の並び方を合わせて考えると、ヒトハとフタバのいる場所へ向かっていると受け取るほうが自然です。

特に大きいのは、2人の新しい生活を見せた直後にセイレーン側の動きを重ねている点です。

2人の新しい居場所の直後にセイレーンが映る意味

ヒトハとフタバが元の島を離れ、別の場所で暮らし始めようとする場面は、2人がそれまでの出来事から距離を取ったことを示しています。

その直後にセイレーンたちが海を進む様子が置かれているため、離れたはずの2人のあとを追う動きとして見せている可能性は高いと考えられます。

映像作品では、続けて配置された場面同士に意味を持たせることがあり、このラストも「2人の居場所」と「そこへ近づく存在」をつなげて見せる演出として受け取れます。

もしセイレーンが物語と無関係な場所を泳いでいるだけなら、ヒトハとフタバの場面の直後に配置する必然性は弱くなります。

そのため、追跡を直接言葉で説明せず、映像のつながりだけで気づかせる形にしたという見方には十分な根拠があります。

ただ泳いでいただけという見方は成り立つのか

一方で、「セイレーンは海を泳いでいただけ」と受け取ること自体が間違いだとは言えません。

画面の中では、セイレーンがヒトハとフタバを見つけたとはっきり示す動作や、2人の島を目的地だと説明する言葉は確認できないからです。

そのため、映像に映った事実だけを厳密に拾えば、セイレーンが海を進んでいる以上のことは確定していないという整理になります。

ただし、物語の流れまで含めれば、探していた相手につながる手がかりを得たあとに、2人の新天地とセイレーンを続けて映す構成になっています。

そのため、何の意味もなく泳いでいる場面よりも、ヒトハとフタバへ近づいていることをほのめかした場面として見るほうが、全体の流れには合いやすいでしょう。

映画だけではその後まで描かれていない

気をつけたいのは、追っているように見えることと、その後に何が起きたかは別の話だという点です。

映画では、セイレーンが2人のいる島へ到着する場面も、ヒトハとフタバと再び対面する場面も描かれていません。

つまり、「追っている可能性が高い」と読むことはできても、「映画の中で2人のその後まで確定した」と受け取るのは一歩先の解釈になります。

この余白があるからこそ、穏やかな新生活として受け取る人と、不穏な続きが待っていると感じる人で印象が分かれます。

ただ、前後の場面をつなげて見る限り、ヒトハとフタバの新しい居場所にセイレーンの影が迫っていることを感じさせるラストだった、という見方が最も筋の通りやすい読み方です。

原作8巻特装版から見えるヒトハとフタバのその後

映画のラストだけでは、ヒトハとフタバが最終的にどうなったのかまでは描かれていません。

ただ、原作8巻の特装版まで視野を広げると、2人の先行きを考えるうえで無視しにくい描き下ろしがあります。

映画で残された余韻と重ねることで、セイレーンが2人を追っていたという読み方は、さらに強く感じられます。

特装版に描かれた不穏なイラストとは

原作8巻の特装版には通常版とは異なる仕様が用意されており、描き下ろしを含む特別なビジュアルが使われています。

その中には、ヒトハとフタバがそれぞれ水中の檻に入っているように見えるイラストがあり、2人のその後を連想させる内容として注目されています。

映画では2人が別の島へ移ったところまでしか描かれないため、この絵を知ると、エンドロール後のセイレーンの動きがより意味深に見えてきます。

ただし、そのイラストに添えて「映画後に実際に起きた出来事」と説明する文章が確認できるわけではありません。

そのため、特装版の絵だけを根拠に、映画のあとに起きた出来事がすべて明示されたと受け取るより、2人の行く末を強くほのめかす描写として見るのが無理のない捉え方です。

水中の檻は何を示していると考えられるのか

セイレーンは物語の中で、人魚をめぐる出来事の原因となった相手を探し続けています。

その流れを踏まえると、ヒトハとフタバが檻に収められたような絵は、セイレーンに見つかったあとの状態を示している可能性があります。

特に、映画の最後でセイレーンたちが2人の新しい居場所へ近づくように描かれたことと合わせると、逃げたあとも追跡が続いていたという読み方につながります。

一方で、描き下ろしイラストは物語本編のコマとして時系列を明確に示した場面とは性質が異なります。

そのため、「この絵があるから必ず映画の直後に同じ展開になる」と細部まで決めつけることはできません。

それでも、まったく関係のないイメージとして片づけるより、2人の先に待つ不穏な状況を示したものと考えるほうが、作品内の流れにはつながりやすいでしょう。

映画の余韻と原作側の描写はどうつながるのか

映画では、ヒトハとフタバが新しい場所で暮らそうとする姿を見せたあと、セイレーンたちが海を進むところで余韻を残しています。

ここだけなら、「本当に2人のところへ向かっていたのか」という部分には受け取り方の幅があります。

しかし、特装版にある水中の檻を思わせる絵まで合わせると、セイレーンが2人を追い、その先で再び関わることを想像させる流れが見えてきます。

つまり、映画はその場で先の展開を直接見せるのではなく、気づいた人ほど不穏さを感じる位置で止めたとも考えられます。

映画だけなら余白を残した終わり方、原作周辺の描き下ろしまで含めるなら2人の先行きをさらに強く示唆する終わり方、と分けて考えると整理しやすいです。

ラストシーンで残る気になるポイント

セイレーンがヒトハとフタバのいる島へ向かっていたと考えると、次に気になるのは、いつ2人の居場所を知ったのかという点です。

また、映画ではその先を直接描いていないため、2人が逃げ切れた可能性や、あえて余白を残した演出の意味も気になるところです。

最後の数カットには、はっきり説明されていないからこそ想像が広がる要素がいくつも残されています。

セイレーンはいつ2人の居場所に気づいたのか

映画では、セイレーンがヒトハとフタバの新しい居場所を突き止めるまでの詳しい経緯は描かれていません。

そのため、どの時点で2人の行き先を把握したのかは、映像だけでは確認できない部分です。

ただ、終盤ではセイレーンの関心が、それまで疑っていた相手から本当に探していた相手へ移ったと受け取れる流れがあります。

そのあとにヒトハとフタバが別の島へ移った様子が映り、さらにセイレーンたちが海を進むため、2人につながる手がかりをつかみ、あとを追っていることをほのめかした可能性があります。

具体的な追跡方法まで示されていない以上、どのように場所を知ったのかを一つに決めることはできません。

ヒトハとフタバは逃げ切れた可能性もあるのか

映画本編だけを見るなら、ヒトハとフタバがそのまま新しい島で暮らし続けた可能性を完全に否定することはできません。

セイレーンが2人のところへ到着した場面はなく、再び顔を合わせた様子も映っていないためです。

その意味では、「セイレーンは近くを泳いでいただけ」という受け取り方が成り立つ余地も残っています。

ただし、2人の居場所を見せた直後にセイレーンの姿を重ねたことや、原作8巻特装版の描き下ろしまで合わせると、何事もなく逃げ切ったと見るより、その後も追跡が続いたと読むほうが材料は多いと考えられます。

映画だけで見るか、原作周辺の描写まで含めるかによって、受ける印象が大きく変わる部分です。

あえて最後まで描かなかった演出の意味

もしセイレーンが2人のところへ到着する場面まで描かれていれば、ラストの意味はかなり分かりやすくなっていたはずです。

それでも映画は、海を進むセイレーンを見せるところで止まり、その先を観客の想像に残しています。

この終わり方によって、ヒトハとフタバが新しい生活を始められたようにも見えながら、その穏やかさが長く続かないのではないかという不安も同時に生まれます。

明るく見える場面のすぐ後ろに不穏な気配を残すことで、見た人によって受け止め方が変わる余韻を作ったという見方ができます。

だからこそ、セイレーンは追っていたのか、それともただ泳いでいただけなのかという読み方の違いそのものが、このラストの面白さにつながっているのでしょう。

まとめ

映画のラストは、ヒトハとフタバの新しい生活と、海を進むセイレーンを続けて見せることで、不穏な余韻を残しています。

映画だけではその先まで描かれていませんが、原作8巻特装版の描き下ろしまで含めると、2人の先行きを考える材料はさらに増えます。

この記事のポイントをまとめます。

  • ヒトハとフタバは、元の島を離れて別の場所で暮らそうとしている様子が描かれています。
  • その直後にセイレーンたちが海を進む場面が置かれており、2人のいる場所へ近づいているように見えます。
  • 映像の並び方を踏まえると、セイレーンがヒトハとフタバを追っていると受け取るのが自然です。
  • 一方で、セイレーンが2人を見つけたと明確に示す場面や言葉はありません。
  • 映画ではセイレーンが2人のいる島へ到着するところまでは描かれていません。
  • そのため、映画本編だけなら「ただ海を進んでいた」という受け取り方が残る余地もあります。
  • 原作8巻特装版には、ヒトハとフタバが水中の檻に入っているように見える描き下ろしがあります。
  • その描き下ろしまで含めると、2人がそのまま何事もなく逃げ切ったと見るより、その後もセイレーンとの関わりが続いたと考えるほうがつながりやすいです。
  • ただし、特装版の絵が映画直後の出来事だと文章ではっきり説明されているわけではありません。
  • セイレーンがいつ、どのような方法で2人の新しい居場所を知ったのかは、現時点では明確に示されていません。

ラストだけを見ると、セイレーンが海を泳いでいるだけにも見えるため、受け止め方が分かれるのは不思議ではありません。

ただ、ヒトハとフタバの新しい居場所を見せた直後にセイレーンを映していることや、原作8巻特装版の描き下ろしまで重ねると、2人のあとを追っていることをほのめかした場面と読むほうが物語の流れには合いやすいでしょう。

映画はあえてその先を直接見せず、穏やかに見える新生活の裏側に不安を残す形で終わっているため、どこまでを確定した出来事として受け取るかによって印象が変わるラストになっています。

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